【連載】マメ知識 虎に翼のことば 1

第1話~第19話

「1 無能力者」~「10 家宅捜索の令状」

第1話~第19話

「1 無能力者」~「10 家宅捜索の令状」

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「1 無能力者」

~すべての人が自由に契約できるわけではない理由~

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「1 無能力者」

~すべての人が自由に契約できるわけではない理由~

連載プロジェクトチームの森祥平です。

虎に翼第3話に「婚姻状態にある女性は無能力者」というセリフが出てきました。
ここでは、「無能力者」という法律用語について、解説します。
戦後に施行された日本国憲法14条1項は、性別により差別されないことを定めており、女性だけ無能力者は、現在の法律ではありえないことです。
戦後の民法では、無能力者とされていたのは、未成年者のほか、禁治産者・準禁治産者でした。
未成年者は、長く20歳で成年とされていましたが、2022年4月1日から18歳に引き下げられました。高校3年生の一部は、自由に契約ができるようになる一方、成年になることによって保護が外れるため、消費者被害の多発が懸念されています。
また、「禁治産者・準禁治産者」は、1999年の民法改正により廃止され、「後見」「保佐」「補助」(成年後見制度)となって現在に至っています。ご高齢の方や障害のある方の生活に必要な契約締結や財産の保護などを図る制度で、将来的には誰もが無縁であるとは言い切れないと考えられます。
なお、1999年改正で、「無能力者」という呼び方も改められ、現在では制限行為能力者と呼ばれています(民法20条)。
誰もが自分らしく生きる社会を目指すうえで、「無能力者」「禁治産者」の呼び方はきつすぎるもので、改正は当然だったと思われます。

(各会員の意見にわたるものについては、鳥取県弁護士会を代表するものではありません。)

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「2 起訴状記載の公訴事実に問題はありません」

~正当防衛を争う事案で情状酌量の余地は問題になるか?~

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「2 起訴状記載の公訴事実に問題はありません」

~正当防衛を争う事案で情状酌量の余地は問題になるか?~

連載プロジェクトチームの森祥平です。
今回は、虎に翼第6話の新入生歓迎の模擬裁判の場面を解説します。
 
寅子が山田よねから「へらへらしてうっとうしいと言ったんだ」と言われた回想場面の背景で、模擬裁判が行われていました。
そこでは、弁護人役が「起訴状記載の公訴事実に問題はありません」としたうえで、「ただし、本件には情状酌量の余地があります」と述べ、さらに「被告人には、被害者からの暴行に対する自身の身体を守る必要があり、正当防衛を主張いたします。」と陳述していました。

この一連の発言は、論理的におかしいです。
現行刑法は、正当防衛行為を罰しない(36条1項)と規定しています。正当防衛が成立すると無罪ですので、本来は公訴事実に「問題あり」です。また、「情状酌量の余地」は有罪であることを前提に刑の軽減を求める発言であることから、正当防衛の主張と矛盾しています。

このように、学生は間違った弁護活動を行っていたことになりますが、法律や裁判を学ぶ段階では、誰しも経験することで、珍しいことではありません。
頭で理解していても、いざ法廷に立つとうまくできないものです。
その意味で、目立たない場面でしたが、明律大学女子部法科をリアルに描いていたと思います。

(各会員の意見にわたるものについては、鳥取県弁護士会を代表するものではありません。)

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「3 傍聴受付」

~公開される裁判に受付は必要か?~

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「3 傍聴受付」

~公開される裁判に受付は必要か?~

連載プロジェクトチームの森永有紀です。
今回は、虎に翼第7話の傍聴受付についてです。
寅子が、山田よねの後をついて行って、裁判所に入ったところ、「うけつけー!」と圧強めに怒鳴られて、裁判を傍聴するために受付をします。
現在は憲法で「裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。」(82条1項)と定められているので、予約や受付をしなくても、誰でも民事裁判や刑事裁判を傍聴することができます。身分証なども必要ありません。これは、裁判が公正に行われているか、国民がいつでも確認することができるようにする目的です。例えば、ドラマ内での、着物を取り返したい妻の主張を、裁判官がさえぎって、夫の主張ばかりを丁寧に聞くとします。そうすると、傍聴人が不公正な裁判だと気づいて、現代なら退廷後にSNSで発信したり、傍聴した記者が報道したりして、問題にすることができます。
また、寅子が受付をしていた右側にその日の事件一覧が書かれていた場面は、現代でも同じです。裁判所に行くと、その日傍聴できる事件を確認することができます。
傍聴の注意点は、撮影したりしゃべったりせず、静かにしておくことくらいで、途中入室・退室もかまいません。虎と翼で実際の裁判が気になった方は、一度お近くの裁判所に傍聴に行ってみてください。
(各会員の意見にわたるものについては、鳥取県弁護士会を代表するものではありません。)

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「4 自由なる心証」

~裁判官が「自由な心証」で判断する場面とは?~

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「4 自由なる心証」

~裁判官が「自由な心証」で判断する場面とは?~

連載プロジェクトチームの足立珠希です。
今回は、第9話で寅子が発言した「自由なる心証」について解説します。
形見の着物をDV夫から取り戻したい妻を勝たせる方法を一生懸命考えた寅子は、民事訴訟法185条(当時)に行きつき、「裁判官の自由なる心証に希望を託す」と述べますが、実はおかしな発言です。
裁判官は、「事実を認定」し、認定した事実に「法を適用」して判決をしますが、自由心証主義は、事実認定に関するものです。
現民訴247条も「裁判官は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を採用すべきか否かを判断する。」と自由心証主義を規定しています。
簡単にいうと、事実認定のための証拠の評価が裁判官に委ねられているいうことであり、裁判官が自由な心証で判決してよいという意味ではありません。
ドラマでは、着物が妻の財産であるという「事実」に争いはなく、その上で、「夫は妻の財産を管理す」という「条文の適用」が問題となっていました。
したがって、寅子の「裁判官の自由なる心証に希望を託す」は間違った発言なのですが、法を学んで日が浅い寅子が、民法だけでなく難解な民事訴訟法まで調べて頑張って考えた結果なので、穂高博士はその過程を評価していると思います。
裁判官がどのような「法の適用」をしたのかは、連載5で解説します。
(各会員の意見にわたるものについては、鳥取県弁護士会を代表するものではありません。)

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「5 権利の濫用」

~寅子が「権利の濫用法理」に気づかなかった理由~

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「5 権利の濫用」

~寅子が「権利の濫用法理」に気づかなかった理由~

連載プロジェクトチームの足立珠希です。
今回は、第10話の判決に出てきた「権利の濫用」について解説します。
裁判官は、夫婦関係が破綻しているのに夫の管理権を主張して妻の財産の引渡を拒絶するのは、「権利の濫用」であるとして、妻の引渡請求を認めました。
現行民法2条3項は、「権利の濫用は、これを許さない。」と定めています。これは、相手に損害を与えるためにするような正当な範囲を逸脱した権利行使は、権利の濫用であり、許されないという法理です。権利濫用の法理は、民法の一般条項とされており、私法関係の解釈や判断に適用される基本的理念です。
寅子がなぜ権利濫用の法理に気付かなかったのかというと、同法理は、戦後の民法改正時に明文化されたので、寅子の六法全書には規定がないのです。
また、権利濫用の法理を採用した超有名な判例「宇奈月温泉事件」は、昭和10年の判決で、昭和7年にはまだ存在しませんから、寅子や山田よねが読んでいだ判例集にも載っていないのです。
しかし、大正時代に権利濫用の法理を認めた判例として「信玄公旗掛松事件」があり、学説としては存在していました。ドラマの田中裁判官は、この法理を適用したのであり、桂場裁判官が評したように「思い切った」判決だったのですね。
ちなみに、ドラマの事案にはモデルとなった判決があり、2審で妻が負けましたが、大審院(現在の最高裁判所)は夫の権利の濫用であるとして2審を取り消し、事件を差し戻しました。
これは昭和6年の判決であり、まさに「虎に翼」の時代に控訴院(現在の高等裁判所)と大審院で判断が別れるような難しい事案だったわけです。
寅子が傍聴していたのはフィクションとして、三淵嘉子さんや学友らが判例として学び、喜んでいたことは十分考えられます。
(各会員の意見にわたるものについては、鳥取県弁護士会を代表するものではありません。)

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「6 法廷劇」

~今でも「法廷劇」は教育現場で行われているか?~

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「6 法廷劇」

~今でも「法廷劇」は教育現場で行われているか?~

連載プロジェクトチームの森祥平です。
今回は、虎に翼第11話から始まった「法廷劇」に似た、実際に行われている教育活動を紹介します。
ドラマでも新入生向けの宣伝であったように、学生が勉強のために法廷劇を行うことはまれですが、法廷劇と似て非なる「模擬裁判」は、法律家になる前の司法修習生への教育で広く行われています。
刑事模擬裁判では、写真や図面などの証拠資料や、証人役や被告人役のシナリオが準備されています。他方、裁判官や検察官、弁護人の配役には、最低限の資料しか渡されず、自分で考えて、訴訟活動を行います。法廷に不慣れな司法修習生が行うので、トラブルが多発し、時に混乱しますが、失敗を踏まえた指導を経て成長します。
裁判員制度の体験のために、市民向けの模擬裁判も行われています。これは法廷劇に近いもので、すべての配役が台本に沿って刑事裁判を実演し、参加者が実演をみて、有罪か無罪かを考えます。当会には、「ポール・ブックセンター窃盗被告事件」の台本があり、鳥取県内の中高生や大学生など多くの方が、有罪か無罪かを判断しました。
なお、ドラマの法廷劇では、元となった実際の判例から、学長が内容を変えていたことが問題となりましたが、模擬裁判ではプライバシー保護などのために、原型をとどめないほどに改変します。ポール・ブックセンター事件では、完全に架空のシナリオを制作しました。
(各会員の意見にわたるものについては、鳥取県弁護士会を代表するものではありません。)

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「7 殺すつもりはなかったんです」

~「殺すつもり」と「殺すつもりはない」の境目~

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「7 殺すつもりはなかったんです」

~「殺すつもり」と「殺すつもりはない」の境目~

連載プロジェクトチームの足立珠希です。
今回は、第12話の法廷劇の寅子のセリフ「殺すつもりはなかったんです」について解説します。
11話の寸劇では、「甲子は乙蔵一家の殺害を決意」と説明されていました。これは、多分、検察側の主張です。
一方、12話の法廷劇では、被告人の甲子役の寅子が、「殺すつもりはなかったんです!少し苦しんでくれたら十分だった」と泣き崩れ、殺意がなかったと主張しています。
法廷劇はそこで中断してしまったので、劇に代わって争点を解説します。
毒饅頭を食べて乙蔵の祖父が死亡、乙蔵と両親が重体となりましたが、結果が一緒でも、甲子の内心によって成立する犯罪が異なります。
犯罪の結果を認識し、その結果を認容する内心を「故意」といいます。
甲子が殺すつもりで毒饅頭を置いたなら「殺人」の故意があり、殺人罪と殺人未遂罪が成立します。
一方、具合を悪くさせるだけのつもりだったなら「傷害」の故意にとどまるので、傷害致死罪と傷害罪が成立します。
積極的に殺すつもりはなくても、死んでも構わないと死の結果を認容していた場合には「未必の故意」が認められ、この場合も殺人罪が成立します。
内心は外から見えないので、被告人が殺人の故意を認めない(「否認」といいます)場合、毒の種類、致死量、饅頭の送り方など客観的な要素から裁判官が殺人の故意の有無を判断します。
また、乙蔵「一家」の殺害を決意していたのなら乙蔵祖父への殺人の故意が認められますが、乙蔵だけを狙ったのに乙蔵祖父が毒饅頭を食べて死んでしまった場合、乙蔵祖父への殺人の故意は認められるでしょうか?
これは、「事実の錯誤」の中の「方法の錯誤」という論点です。
いろいろ論点のある面白そうな法廷劇だったのに、中断してしまい残念です。
(各会員の意見にわたるものについては、鳥取県弁護士会を代表するものではありません。)

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「8 公序良俗」

~良くない契約はいつでも無効か?~

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「8 公序良俗」

~良くない契約はいつでも無効か?~

連載プロジェクトチームの渡邉大智です。
虎に翼第13話で、「公序良俗」ということばが出てきました。
「公序良俗」については、現在も、民法で、「公の秩序又は善良の風俗に反する法律行為は、無効とする。」とされています(民法90条)。
この「公の秩序又は善良の風俗」を略して「公序良俗」なのです。
これは、簡単にいえば、「それに法的効力を認めたら、あまりに社会的によくないので、無効」というものです。
例えば、犯罪行為に報酬を支払う契約などが考えられます。
でも、この「公序良俗」は、具体的な基準が法律に書いてあるわけではないので、明確ではないです。
似たような事案でも、細かい違いで、判断が分かれることがあります。
ですから、なんでもかんでも「社会的によくない!無効!」という感じで使われると、突然、後から無効と言われることになるので、予測が立たず、困ってしまいます。
なので、「公序良俗」は、「とても強力だが、できる限り使わない最後の手段」という扱いになっています。
そういう意味で、「伝家の宝刀」なんていう人もいます。
気になった方は、「公序良俗違反」などで検索してみてはいかがでしょうか?
(各会員の意見にわたるものについては、鳥取県弁護士会を代表するものではありません。)

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「9 女の命とも言える顔がめちゃくちゃに」

~顔にキズが残った場合に男女差はあるか?~

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「9 女の命とも言える顔がめちゃくちゃに」

~顔にキズが残った場合に男女差はあるか?~

連載プロジェクトチームの豊島摩耶です。
今回は、第17話で、大型犬ポチに襲われた「乙」の父による劇中劇のセリフ「女の命とも言える顔がめちゃくちゃに」について解説します。
顔などの日常露出する部分に醜状(キズあと)を残す後遺障害を、「外貌醜状」と呼んでおり、現代でも交通事故の賠償で問題になることが多いです。
外貌醜状の後遺障害等級について、以前は、同じ外貌醜状でも、男性より女性のほうが重い等級が認められていました。
このような扱いは男女不平等で憲法違反だとする京都地裁判決が平成22年に出され、平成23年に障害等級表が改正されて男女同一の内容に変更されました。
また、かつて昭和40~50年代には、外貌醜状による逸失利益(将来の収入の減少)は、女性のモデル、芸能人などが例外的に認められるだけで、男性の逸失利益が認められた例はほとんどなかったようです。
この点も、時代を経て、現在は男女ともに、職業・年齢・経歴等をみて個別事案に応じた判断がされており、男性についても外貌醜状による逸失利益が認められるようになっています。
今でも、「女の子の顔に怪我をさせてしまった」という言い方をすることがあると思いますが、今の若い世代の人が聞くと、少し違和感のある言い方になっているかもしれません。
(各会員の意見にわたるものについては、鳥取県弁護士会を代表するものではありません。)

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「10 家宅捜索の令状」

~現代で捜索差押令状が使われる意外な場面~

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「10 家宅捜索の令状」

~現代で捜索差押令状が使われる意外な場面~

連載プロジェクトチームの森祥平です。
今回は、虎に翼第19話の最終盤で、検察が猪爪家で示した「家宅捜索の令状」(捜索差押令状)について、現代での意外な使われ方を解説します。
日本国憲法35条1項は、「住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利」をうたい、「正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状がなければ、侵されない。」と規定します(令状主義)。
ドラマにあったような居宅や事務所、車の中の捜索差押えはわかりやすいですが、捜索差押令状は、薬物捜査における強制採尿でも用いられます。
強制採尿は、尿の提出を拒む者に対して、強制的にカテーテルを尿道に挿入するものですが、最高裁は、「体内に存在する尿を犯罪の証拠物として強制的に採取する行為」として、捜索差押令状を必要とするとしました(最決昭和55年10月23日)。そして、「身体に対する侵入行為であるとともに屈辱感等の精神的打撃を与える行為」であることから、「最終的手段」であることと、「医師をして医学的に相当と認められる方法」を求めています。
強制採尿令状は実務に定着していますが、人格の尊厳を侵犯するとして、およそ許容されないとの学説があります。また、「任意採尿の説得をしたなどの事情はない」として最終手段性を否定した裁判例(最判令和4年4月28日)など、違法性が問題になることはまれではありません。
個人的には、医学的な処置に「捜索差押令状」を持ち出す判断は、学生時代にとても驚かされました。
(各会員の意見にわたるものについては、鳥取県弁護士会を代表するものではありません。)

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