民法750条は、「夫婦は、婚姻の際に定めるところに従い、夫又は妻の氏を称する」と定め、婚姻した夫婦に対し夫又は妻の氏を称することすなわち夫婦同姓を義務付けています。これにより、夫婦の一方は必ず氏を変更することを強制されることになります。
「氏名」は、人が個人として尊重される基礎でありその個人の人格の象徴であって、憲法13条によって保障される人格権の一内容を構成するものであるにも関わらず、婚姻に際して夫婦の一方に氏の変更を強制することは、憲法13条に反することになります。また、夫婦が同姓にならなければ婚姻できないとすることは、憲法13条の自己決定権として保障される「婚姻の自由」を不当に制限するものでもあります。さらに、同姓・別姓いずれの夫婦となるかは個人の生き方に関わる問題であるにもかかわらず、夫婦別姓を希望する人は信条に反し夫婦同姓を選択しない限り婚姻できないこととなり、このような差別的取扱いは合理的根拠に基づくものとは言えず、憲法14条の「法の下の平等」にも反しています。
この点、夫婦がいずれの氏を称するかは、夫婦となろうとする者の間の協議による自由な選択に委ねられていることから、男女平等に形式的には反しないとする考え方もあります。しかし実際には、95.5%の夫婦において女性が改姓している実態からすれば(2019年厚生労働省人口動態調査)、夫婦の自由で対等な話し合いによる合意に基づく結果でなく、女性は男性の家に嫁ぎその家の姓を称するものだという家父長的な家族観や婚姻観がいまだに国民の意識の中に持続し、事実上女性に改姓を強制している結果であって、夫婦同姓の強制を定める民法750条は、多くの女性から実質的に氏の選択の機会を奪っているといえます。
国はこれまで、通称名の使用を広く認めることによって、改姓に伴う不利益を回避できるとの説明を行ってきました。しかし、通称使用には以下のとおり限界があります。税金などの諸手続において通称との照合が必要であること、携帯電話契約やクレジットカード作成には通称はほとんどの場合不可とされること、事あるごとに通称使用の説明をしなければならないこと、通称(旧姓)併記により婚姻の有無が開示されること、海外において通称使用は認められないことなどです。
他方、2021年(令和3年)6月23日の最高裁判所大法廷決定は、民法750条を合憲とする判断がなされています。しかし、同決定は「この種の法制度の合理性に関わる事情の変化いかんによっては、本件各規定が上記立法裁量の範囲を超えて憲法24条に違反すると評価されるに至ることもあり得る」、「国会において、この問題をめぐる国民の様々な意見や社会の状況の変化等を十分に踏まえた真摯な議論がされることを期待するものである」との補足意見があったように、夫婦の姓に関する制度の在り方は「国会で論ぜられ、判断されるべき事項にほかならない」として、国会での議論を促したものです。決して最高裁判所として民法第750条の合憲性を揺るぎないものとし選択的夫婦別姓制度の導入を否定したものではありません。
近時、国際連合の女性差別撤廃委員会(以下「委員会」といいます。)は、2024年(令和6年)10月29日、国連女性差別撤廃条約(以下「条約」といいます。)の実施状況に関する第9回日本政府報告書に対し、総括所見を発表しました。委員会は、日本政府に対し、2003年(平成15年)以降3回にわたり、総括所見において選択的夫婦別姓を実現するよう勧告し、特に前回2016年(平成28年)の総括所見では、選択的夫婦別姓をフォローアップ項目の一つとして2年以内に報告するよう求めていました。しかしながら、日本政府は、この間、選択的夫婦別姓を実現するための法改正等を行っていません。
今回の総括所見は、夫婦同姓を義務付ける民法750条の改正に全く進展が見られないと厳しく指摘した上で、女性が婚姻後も旧姓を保持できるよう夫婦の姓の選択に関する法律を改正することを勧告すると4回目の勧告を行いました。また、前回同様、勧告を実施するために採った措置に関する情報を2年以内に書面で報告するよう日本政府に求めました。
日本政府が、委員会の度重なる勧告にもかかわらず、長年にわたって選択的夫婦別姓の実現に向けた措置を採っていないことは、条約の締約国として到底許されるものではありません。
諸外国では、男女平等や個人の尊重の観点から、夫婦が別姓か同姓かを選べる国や、別姓が原則の国などがあり、日本のほかに夫婦同姓を義務付けている国は見当たりません。
官民の各種世論調査においても、選択的夫婦別姓制度の導入に賛同する意見が高い割合を占め、反対の意見の割合を上回っています。例えば、2023年(令和5年)の国立社会保障・人口問題研究所「社会保障・人口問題基本調査第7回全国家庭動向調査」では、60歳未満の回答者における「夫、妻とも同姓である必要はなく、別姓であってもよい」への賛成割合が、単身女性(未婚)で85.3%、離別女性で78.5%、有配偶女性で71.4%、単身男性(未婚)でも61.0%となっています。
当会は、2016年(平成28年)2月2日付けで「夫婦同氏の強制及び再婚禁止期間についての最高裁判所大法廷判決を受けて民法における差別的規定の改正を求める会長声明」を発出し、民法750条改正を求めていますが、改めて国に対し、夫婦同姓を義務付ける民法750条を速やかに改正し、選択的夫婦別姓制度を導入することを求めます。
以上
2025年(令和7年)1月14日
鳥取県弁護士会
会長 尾西 正人