本日、静岡地方裁判所は、「袴田事件」について、袴田巖氏に対し、再審無罪判決を言い渡しました。
「袴田事件」は、1966年(昭和41年)6月30日未明、静岡県清水市(現静岡市清水区)のみそ製造販売会社専務宅で一家4名が殺害され、放火されたという住居侵入、強盗殺人、放火事件です。同事件の被疑者として、袴田巖氏が逮捕・起訴され、袴田巖氏は当初より一貫して無実を訴えていましたが、1980年(昭和55年)12月12日に袴田巖氏に対する死刑判決が確定しました。その後、二度にわたる再審請求を経て再審公判が開かれ、本日、再審無罪判決が言い渡されたものです。
袴田巖氏が逮捕されたのは1966年(昭和41年)8月18日であり、袴田巖
氏は逮捕から58年以上もの長きにわたって犯人であるとの汚名を着せられてきました。逮捕当時30歳であった袴田巖氏は、今や88歳となっています。また、袴田巖氏が釈放されたのは、静岡地方裁判所が再審開始並びに死刑及び拘置の執行停止を決定した2014年(平成26年)3月27日のことです。逮捕されてからこの決定に至るまで、袴田巖氏が身体拘束を受けていた期間は48年近くにも及び、そのうちの33年間は死刑囚として死の恐怖に直面しながら過ごしてきました。そのため、袴田巖氏には現在も拘禁反応の症状が見られるなど、今なお心身に不調を来しています。袴田巖氏は、まさに人生の大半を自己のえん罪を晴らすための闘いに費やさざるを得なかったのであり、その心労は想像を絶するものです。
そこで、当会は、検察官に対し、本日の無罪判決を尊重し、上訴権を放棄して直
ちに無罪判決を確定させるよう強く求めます。
また、間違った有罪判決で無実の罪を着せられたえん罪被害者を救済するための最後の手段として再審という制度がありますが、「袴田事件」は、現行の再審法の不備を改めて浮き彫りにしました。
「袴田事件」では、再審公判が開かれるまでに二度にわたる再審請求を経ていますが、第1次再審請求は約27年間もの長期に及び、第2次再審請求も約15年もの期間を要しています。その原因は、現在の再審法に再審請求審の手続をどのように進めるかという再審請求手続における手続規定が定められていないことにあります。
また、「袴田事件」では再審段階で約600点もの証拠が新たに検察側から開示され、それらが再審開始及び再審無罪の判断に大きく影響を与えているのですが、これらの証拠が開示されたのは、最初の再審請求から約30年もの時間が経ってからのことでした。これほどまでに時間を要した原因は、現行法に証拠開示のルール(再審における証拠開示の制度)が設けられていないことにあります。
さらに、「袴田事件」では2014年(平成26年)3月27日に再審開始決定
がなされましたが、再審公判が開かれるまでにはさらに10年近くもの期間を要しました。その原因は、再審開始決定に対する検察官の不服申立てが認められていることにあります。しかも、「5点の衣類」の問題をはじめとする数多くの論点については、極めて長期間に及んだ再審請求審において主張・立証が尽くされ、既に数次にわたる裁判所の判断も経ています。それにもかかわらず、検察官は、再審公判においても、同様の論点を蒸し返した上で改めて有罪立証を行い、死刑を求刑しており、このことも手続が長期化した原因となっています。
このような問題は他の再審事件でも同様に見られるのであって、まさに制度的・構造的な問題です。「袴田事件」のような悲劇を今後二度と繰り返さないために
も、再審法は速やかに改正されなければなりません。
この点、当会は、2023年(令和5)年5月30日開催の定期総会において、「刑事訴訟法中、再審に関する規定の改正を求める総会決議」を採択しているところですが、今回の「袴田事件」再審無罪判決を機に、改めて、政府及び国会に対し、再審請求手続における証拠開示の制度化、再審開始決定に対する検察官の不服申立ての禁止、再審請求手続における手続規定の整備を含む、再審法の全面的な改正を速やかに行うよう求めます。
以上
2024年(令和6年)9月26日
鳥取県弁護士会
会長 尾西 正人